第15章 発達と環境:文化の影響
15-1. 発達と文化
従来の心理学の前提「人間の心の働きは普遍的」
1960年代以降、発達心理学や社会心理学で提示された理論が必ずしもすべての文化圏の人々に当てはまるものではないことが示され、その限界や偏りが指摘されるようになった(北山, 1997)
ピアジェの理論で言えば、課題によっては成人でも形式的操作期に達していない人がいたり、路上の物売りで制度の高い計算をしてみせる子供が、学校のテストで出されるような抽象的な計算問題は解けなかったりする(Crraher et al., 1985) 最も望ましいとされる安定型(Bタイプ)はほとんどの文化圏で5~7割の子供が該当する一方、それ以外のタイプの出現率には文化差が見られる
西洋諸国(特にドイツ)では回避型(Aタイプ)が多いのに対し、日本やイスラエルではアンビバレント型(Cタイプ)が多い
道徳性の発達段階のうち、水準3:脱慣習の水準に基づく判断はアジア圏(インドや日本)ではあまり見られないことが示されている(Shweder et al., 1987; 山岸, 1995)
同じ文化圏(アメリカ)の中からも異論が出され、道徳的判断において正義や公正さを優先するのは主に男性であり、女性はケア(他者への配慮)を優先して判断する傾向があると主張された(Gilligan, 1982) 15-2. 文化的自己観
文化差を理解する枠組みとして、心理学では個人主義と集団主義(Hofstade, 1980; Triandis, 1995)が主軸となって研究が展開されてきた
集団主義: 個人よりも集団の目標や集団内の調和を優先する傾向 しかしその後の研究で日本人が必ずしも集団主義的ではないなど、この枠組に当てはまらない結果も多数見出されるようになった(Oyserman et al., 2002; 高野, 2008)
この二分法には個人主義が集団主義よりも優れているというニュアンスが含まれていたほか、個人主義に該当するのは西洋であり、それ以外はすべて集団主義とするなど、欧米先進国を中心とした見方であった(波多野・高橋, 1997)
近年では優劣の価値から離れた枠組みとしてマーカスと北山が提唱した文化的自己観がよく用いられている(Markus & Kitayama, 1991) 特定の文化県内で歴史的に作り出され、社会的に共有されている暗黙の人間観であり、その文化に属する人々の感情や認知、行動を方向づけるとされる
自己を周囲とは切り離された独立した主体とみなす
個人の独自性や自己表現、自己実現に重きが置かれる
自己を他の人や周囲と結びついた関係志向的存在とみなす
他者との調和や関係性、場に応じたふるまいが重視される
アイエンガーら(Iyenger & Lepper, 1999)がアジア系アメリカ人とヨーロッパ系アメリカ人の小学生を対象におこなった研究 アジア系の子どもは親しい他者(母親やクラスメート)が選んだ課題に対してよく取り組む
ヨーロッパ系の子どもは自分で選んだ課題に対してよく取り組む
同様の傾向は東ら(1981)が日米で行った縦断研究においても示されている
アメリカでは幼児期に自分で面白いと思った課題に熱心に取り組む(自主的選好性の高い)子供のほうが小学校での成績がよい
日本では与えられた課題に辛抱強く取り組む(受容的勤勉性の高い)子供のほうが後の成績がよくなった
幼児期の母親の関わり方や信念が小学校高学年での子どもの成績に与える影響は日本では比較的強く見られるが、アメリカではあまり見られない(東, 1994)
15-3. 子育て・教育に見る文化差
子育て
母親の乳児への語りかけの日米比較を行ったファーナルドら(Fernald & Morikawa, 1993) 日本では情緒的・社会的な話しかけが多いのに対し、アメリカでは説明的な話しかけが多い
日本では母子の身体的な接触時間が永井が、アメリカでは接触時間が短く、その分言語的(特に説明的な)働きかけが多い(Caudill & Weinstein, 1969; 波多野・高橋, 1997)
子供が言うことを聞かないときの対応に関しては、日本では子どもの気持ちに訴える方略が多く取られるのに対し、アメリカでは親の権威に訴える方略が多く取られてる(東, 1994)
幼児教育や小学校教育においても同様の傾向が確認されている(Hayashi & Tobin, 2015; Tobin et al, 2009; 恒吉, 1992; 渡辺, 2004)
日本では教え手と学び手が情緒的に一体化し、相手の気持や期待を察してそれに合わせて行動することが求められており、それを支える環境設定(集団目標、係分担、班活動、反省会、運動会など)も工夫されている
アメリカでは教え手と学び手は基本的に上下関係にあり、教師は論理(因果関係)や権威に訴えて子供を教育・統制するとともに、子どもに言葉で自分の考えや感情を表現すること、自ら選択することを頻繁に求める
文化の単位は必ずしも国や地域に限定されるわけではない
言語や主教、成業、社会階層などによる行動の差が見出されている
社会階層に関しては、階層が高いほど個人の主体性や独自性を重んじる傾向があることが示されている(Stephen et al., 2007)
欧米圏からは同じとみなされがちな東アジア圏内においても差が見られる
日本と中国の学校は子供の集団活動が多いという点では共通sているが、中国では教師の権威による統制が強く、日本では仲間同士による相互規制が中心となっている(Dien, 1999; 恒吉, 1992)
幼児に言葉で表現することを求める傾向は中国やアメリカで強く見られるが、日本ではさほど見られない(Tobin et al., 2009)
15-4. 文化的産物に見る文化差
物語の構造やスクリプトに文化差があることは、バートレットの記憶研究(Bartlett, 1932)に示されるように古くから指摘されていた 主人公が問題にぶつかったときに自分を変える物語は韓国や日本で多く見られるのに対し、自分ではなく周囲を変える物語は、中国やヨーロッパにおいて多く見られる(塘, 2005; 2008)
アメリカの絵本や教科書、伝記や小説には、サクセスストーリーやハッピーエンドが多いのに対し(増田・山岸, 2010; McAdams, 2006)、日本の小説には問題が未解決のまま終わったり、筋らしい筋がないものも多いと言われる(水村, 1995)
口承においても同様の文化差が指摘されている
ヨーロッパでは若い男女の英雄的な活躍とハッピーエンドが多い一方(河合, 1982)、日本では日々の無意図的な善行が(特に)老人に福をもたらすという穏やかなプロットが多く見られる(Mukaida, 2014)
あいまいなエンディング(偽終止)や話の短さも、日本の昔話の特徴としてあげられている(小澤, 1999) アメリカと台湾のベストセラー絵本を比較した研究によれば、同じポジティブな感情であっても、アメリカの絵本では高揚感が、台湾の絵本では穏やかさが強調されているという(Tsai et al., 2007)
これらの知見を総合すると、中国を除く東アジア圏の物語では、主に穏やかな感情や受動性、あいまいさが、欧米圏の物語では躍動感や能動性、因果律や成功がそれぞれ強調されており、子供たち「人間とは、人生とはこういうものだ」と伝えているものと思われる(東, 1997)
物語上に見る文化差は現代を生きる人々の語り(ナラティブ)にも反映されている(Polkinghorne, 1991) 日米の小学生に同じ4コマ漫画を店、出来事を語ってもらうという研究では、アメリカでは因果律を重視した語りが、日本では時系列に沿った語りが多くなっている
この差は両文化の歴史観や教育実践の違いを反映しているという(渡辺, 2004)
日中米の大学生に、自分の過去や将来について作文を書いてもらう(Mukaida et al., 2010)
日本では具体的な行動や結果よりも、自分が置かれた状況や内面を短くあいまいに綴る傾向が見られる
中国では苦楽を伴いながら上昇を目指す道筋が詳しく語られる
アメリカでは否定要素に触れず、肯定的な結末(ハッピーエンド)を強調する語り口が優勢となっている
人は既存の物語を土台としつつ、それらを取り入れたり、修正したり、ときに反発したりしながら、自己や出来事についての語りのパターンを身に着けていくものと考えられる(Gjerde, 2004; McAdams & Pals, 2006)
15-5. 発達段階と文化の影響
バルテスら(Baltes et al., 1980)は幼い頃の発達には年齢的要因が大きく、青年期になると歴史的・文化的要因が強くなり、成人期を過ぎると個人的要因が強くなるという仮説を提示している(→第2章 発達心理学の諸理論) 箕浦(1990)による文化間移動をした子どもの研究
日本からアメリカに渡った子ども、アメリカから日本に戻った子供とその家族へのインタビュー
文化に固有の意味体系を獲得する時期が9~14, 15歳ごろであることを見出した
異文化体験には認知と行動、情緒の三側面があるが、異文化に参入する年齢が高いほど、認知や行動レベルでは対応できても、情緒レベルでは違和感が残るという
1872年に日本人初の女子留学生としてアメリカに渡った5人のうち、6歳の津田梅子と9歳の永井繁子、10歳の山川捨松が当地で10年以上過ごし、大学まで卒業したのに対し、留学時に14歳を超えていた2人の女性は体調を崩して早々に帰国したという(大庭, 1993) 同様に児童期から青年期にかけて文化的信念や価値が身についていくることを示した研究にミラー(Miller, 1984)が行った道徳的判断の研究 原因帰属に関する研究ではアジアでは状況要因に、北米では個人要因に帰属される傾向があるとされるが(増田・山岸, 2010)、インドとアメリカでの調査の結果、こうした文化差が15歳ごろから見られることが示されている 「塞翁が馬」という故事成語に象徴されるように、中国文化圏では将来を予測しにくいものと見なす傾向があるが(Ji et al., 2001)、こうした傾向は11歳ごろから顕著になってくるという(Ji, 2008)
マーカスらが提唱した文化的自己観(Markus & Kitayama, 1991)の個人差について検討した高田(2004) 日本的特徴とされる相互協調性が日本の高校生と大学生で最も強く見られる一方、成人期に低下することを見出している
同じ尺度を用いて日米比較を行ったところ、成人期と老年期の相互独立性には文化差が見られなかったという
語りの発達的変化を検討した研究でも、青年期に見られた文化差が中年期に入ると小さくなることが示唆されている(向田, 2009)
これらの知見はバルテスの生涯発達モデルを裏付けるものと言えるだろう
文化的な意味体系を獲得し、それに沿った行動様式が表面化してくるのは児童期の後半から思春期にかけてであり、青年期にピークを迎え、成人期以降は弱まっていく可能性があると考えられる
遺伝子や脳内基盤の文化差を検討する文化神経科学というアプローチも台頭